執筆者: 富山県出身の元消防士
前置き: 東日本大震災へ派遣された時の出来事について執筆いたします。
「ありがとう、消防士のおじちゃん。」
被災地で5才ぐらいの子供に言われた言葉です。
私は、確かにこの小さな子供にお礼を言われるような事をしたのですが、実は規則違反を犯した行動だったのです。
これは、非常食のチョコレートが関係している出来事であり、このまま話を進めていきましょう。
災害時の非常食として、チョコレートは理にかなっている。
話を進める前に少しだけ脱線しますが、なぜチョコレートが非常食として良いのかということを説明いたします。
本来、チョコレートには6つの効果があると言われていますが、各々書き出しますと、
・血圧低下
主成分となるカカオポリフェノールは、血管内の炎症を抑える作業があります。これは、炎症によって血管内が狭くなり高血圧になっていることに対して緩和する効果があります。
・動脈硬化予防
悪玉コレステロールが活性酸素の影響により酸化し、さらにその影響で動脈硬化を起こすわけですが、カカオポリフェノールは、活性酸素の酸化作用を防ぐ働きがあります。
・美容効果
肌の老化についても活性酸素が悪影響を及ぼします。カカオポリフェノールの活性酸素の酸化作用を防ぐ働きがここでも活きてきます。
・アレルギーの効果
カカオポリフェノールには、抗アレルギー効果があります。
・脳の活性化
高濃度のカカオポリフェノールは、脳の血流量を増加させる働きがあります。
・便秘の改善
チョコレートには、カカオプロテインという成分も含まれており、便通を改善する働きがあります。
チョコレートには、このように良いこと尽くめの効果があるのですが、“太る”、“虫歯になる”といった悪いイメージが先立ってしまいます。
これは、チョコレートには多くの糖分が含まれているためであり、“太る”、“虫歯になる”というのも間違いではありません。
しかし、この糖分が多く含まれているからこそ、非常食としては良いのです。
チョコレートは、板チョコ1枚(約50g)で約280kcalありますが、ご飯1杯分(約150g)で約240kcalですから、少量で高カロリーであると言えます。
また、テオブロミンという成分が含まれており、リラックス効果があるのですが、これは災害時の不安やイライラする気持ちを少なからず緩和してくれることでしょう。
備蓄するにもかさばらず、リラックス効果もあることから、災害時の非常食としてはとても理にかなっているのです。
※注意 真夏以外は大丈夫なのですが、チョコレートは気温28度前後で溶けますので、いくつか表面がコーティングされているものを準備しておくのも良いかと思われます。
私も、個人の準備品として何種類かのチョコレートをカバンに詰め込んで、被災地に行きました。
被災地での出来事
大きく脱線しましたが、話を戻しましょう。
あれは、被災地へ派遣されて2日目の夕方の出来事でした。
地震発生の翌日に現地入りしていますので、発生からは3日目の夕方です。
日が沈み、辺りがうす暗くなってきたため、現場活動を打ち切ることになりました。
被災地一帯が停電で、夜になると活動できなくなるためです。
私たちは、野営場所(休息場所)に戻り、明日に備えての消防車と資機材の整備、そして食事の準備をしていました。
野営場所は、津波の影響がない住宅街より少し高台に位置する野球場のグラウンドです。
その時、子供連れの女性がグラウンドの中に入ってきました。
そして、こう言ったのです。
「この子、今日の朝から何も食べていないのです。何でもいいですから、食べ物をいただけませんか?」
私も含め、周りで資機材の整備等にあたっている消防士数名は、母親のその唐突な言葉で体が凍りつき、作業の手が止まってしまいました。
私たちは、隊員間でお互いに顔を見合わせるような仕草をしていたのですが、誰も声をかける者はいませんでした。
しばらくして、大隊長がその母親に声をかけました。
「奥さん、申し訳ありませんが、それは出来ません。ここにある食料は、私たちがまた明日の朝一から活動するために必要なものなのです。」
「いっぱいあるじゃないですか!少しくらい分けてください。この子の分だけでもお願いします。」
「奥さん・・・、本当に申し訳ありません・・・。」
大隊長は、帽子を取り、深々と頭を下げ続けました。
私たち他の隊員数名も、自分の立っている場所で、何も言えず、動くこともできず、その親子の顔すら見ることができませんでした。
被災者の方に、自分たちの食料を渡すということは、固く禁じられています。
それは、なぜか。
1人に渡すと、その後大勢の被災者の方々が同じように押しかけてくるからです
普段、その母親はそんな強い口調で物事を言う人なのかどうかはわかりませんが、おそらく飢えと不安から感情的になっているのでしょう。
被災地という場所は、そんな場所なのです。
時間にしてどれだけ経ったのか、しばらくすると母親は諦めて、その子の手を離さず、重々しい足取りでグラウンドの出口へと歩いて行きました。
その時、私は一旦テントに戻り、自分のカバンからある物を取り出し、ポケットに入れました。その後トイレに行くふりをして、静かにその親子を追いかけたのです。
「食べ物を運んでくるトラックがもうすぐ来るよ。明日の朝には、ご飯食べられるからな。それまで我慢するんだよ。少しずつ食べなよ。」
「ありがとう、消防士のおじちゃん。」
「奥さん、分かっていますね?」
「はい・・・、ありがとうございます。誰にも言いません。」
そうして、私は自分の持ち場に帰りました。
私は、食事を終えてテントの外で休んでいたところ、裏から人目を気にしながら大隊長が近づいて来ました。
「おまえ、何を渡した?」
この言葉で、すべてを見透かされていることに気付いた私は、素直にこう言いました。
「すみません、チョコレートです。」
「そうか。」
一言そう言って、やさしく私の肩をポンと叩き、自分のテントへ戻って行かれました。